1979年8月1日津和野駅発行入場券
半分の大きさ(68mm×170mm)
(写真複写:TOMIOKA Takumi)
1979年と言えば日本でやがてSLが消えるということで全国各地でSLファンが急増した頃である。SL(蒸気機関車)が黒い煙を吐きながら悠々と走る姿は、当時まだ多く残っていた田園風景にピッタリとマッチしていたものである。
その頃の自動車道路の状況は、大都市周辺の高速道路は整備され100kmでの走行が普通であったが、山地で囲まれた中国地方のど真ん中を走らせる「中国自動車道」の整備は遅れており、1979年この入場券を欲しさに三重から山口県萩まで走るのに、全線高速とはいかなかった。確か、千代田インターが最終であり、そこから西は2号線へ戻る必要があったのである。そのために、記念号「やまぐち号」の写真を撮るには、相当な努力を必要とした。
現地に到着した頃には、既に発車直後であり、一般道を車で追いかけたものである。そのために、この入場券も津和野駅発行のものしか入手出来なかった。津和野駅に着くと、すでに列車は到着していて、ホームには雄大なピカピカの物体が寝そべっていた。
山口県を走る小郡~津和野は人気の高いC57とC58が使用されていた。両方の車輌ともSLファンには人気が高く、絵になる。そのためにSLファンたちはこのC57を求めて各地で撮影場所を探し歩いたものである。
当時の鉄道写真家といえば、広田尚敬(ひろたなおたか)と言われるほど広田さんは多くの路線での素晴らしいSL写真を残している。それは単にSLの姿ではなく、SLがもたらした当時の日本の情景も写しこんでいて、ある意味貴重な記録写真となっているのである。現在も幅広くご活躍であり、既に息子んさんも若手鉄道写真家として踏み出されている。
そういった広田さんの努力もあり、再び、日本に鉄道ブームが到来して来たようだ。特に、最近はNHKハイビジョンで放送された「全国20000km鉄道の旅」では、人気俳優の関口智弘(せきぐちともひろ)さんが全国を巡回して一気にそのブームがやってきたようである。再放送も頻繁にされておりファンもどんどん増えている。
また、この夏にはJRがD51を走らせる計画があり、今年はそのスピードが加速しそうな気配である。
(参考)
C57
昭和12年にC51形式改良近代化機として誕生し、北陸線、鹿児島線、東北線などの幹線の旅客列車けん引に使用されました。形態は勇美で、「貴婦人」の愛称をもち、国鉄の機関車のうちもっともスマートです。(製造201車輌)
C58
昭和13年に標準中形客貨用機関車として誕生し、輸送量の多いローカル線に使用されました。8620形式に劣らない高速性能と9600形式に匹敵するけん引力を兼ね備えた万能機関車です。(製造427車輌)







写真:TOMIOKA Takumi(12/09/2007)





